もう一度あの風を

 もう一度あの風を‥

Kawasakiのシートから降りて十数年。一生バイクに乗り続けたいと思っていたあの頃。

そうはいかないことは知っている。

でも、いつかはまた、あの風を感じたい。

・・・・ってなことで、バイクにまた乗りたいオヤジのひとりごとであります。

最近は大型免許も取りやすくなった事やハーレーブームもあって、オートバイにカムバックするオヤジたちが増えてきていると聞いています。

私もできたらカムバックしたく、このページを作りました。しばらくは昔話、武勇伝ばかりでつまらないかもしれませんが、よろしくい付き合いください。

以下、過去の投稿になります。

160円ツーリング 

〜カブの貧乏ツーリング

1977年5月1日日曜日

6歳になってすぐに原付の免許を取得し、中古のHONDAスーパーカブを手に入れることができた。そんな愛車カブの最初で最後のツーリングレポート。

5月の連休の一日、たしかよく晴れ渡った一日だった。

青空を見ていると無性にどこかに行きたくなる。

11時ごろ、いろいろと考えたすえ、片道7、80キロほどにある積丹海岸あたりに行くことにした。ガソリンは満タン。(といっても3リットル) ポケットには百円玉が一枚と60円。

トコトコと小樽の街をすり抜けると、眼下に真っ青な海が見えてきた。 

なんて気持ちのいい風だろう!

気分がハイになったところで、すれちがう数台のスポーツバイクにピースサインをだしてみた。ところがピースサインは返ってこない・・・

 あたりまえか、こんな「とっつぁんバイク」だもんな。

すると、今度は我が愛車と同型のとっつぁんバイクにふきやらわらびをごっそりと積んだ本物のとっつぁんの集団が前方に現れた。
俺は一瞬いやな予感がした。そのとっつぁんたちと擦れ違うとき、全員が俺に、ピースというよりオッス、という感じで手を上げていった。ちょっとショック。

 積丹をぐるりと回って帰る途中、メロンパンを一つだけ買って、海岸で独り梅を眺めながら食べた。忘れられないうまさだった。

燃費50㎞のカブだが、往復150㎞強の道のりでは少々きつかった。自宅前10キロほどでとうとうガス欠になった。ポケットにはあいにくと100円玉一枚しかなかった。

「ひゃくえんぶんガソリンおくれ。」

するとスタンドの兄ちゃんは、おまけだと言って1リットルいれてくれた。

 かくして何事も起こらず無事帰ってこられたのは少しばかり奇跡に近かった。何かあったらもう最後、工具もなければガソリンもない、

おまけにポケットの中には160円!

今から考えてみると、それはそれは恐ろしい貧乏ツーリングだった。


My First Soro Long Touring 1

〜トンネルで今日ネル?

1980年9月17日水曜日

9月17日

無事仕事を終えると、寄り道もしないで自宅に帰った。

ツーリングに行くからといって4万円ほどの買いものをしてしまったのは少し無駄使いだったかなと少し反省しながら、前日からそろえてあった荷物を再度チェックした。


 RZにツーリングバックを取付け、家の前でキーを回し、キック一発。夜の7時だ。オヤジとオフクロの見送りをあとにして出発。

苫小牧へとR36を南下した。ツーリングバックに入れたカーステレオをヘッドホンで聴きながら東京に住んでいる友人のアパートへと、ひた走るのだった。

苦小牧のフェリー乗り場に午後10時半頃到着。乗船手続きを終えて待合室で休む。9月の北海道はさすがに寒い。冷えた身体がやっと暖まったころ船に乗った。オートバイは一番先に入れてくれた。単車で乗船するのはHONDAのCM125に乗ったおっさんが一人だけだった。

客層といえば、シーズンオフということもあって、長距離トラックの運ちゃんとおじいちゃん、おばあちゃん、そして季節はずれの一人旅、というかおぶれだった。

 出航は深夜零時だったので、地図で明日の目的地を確認して横になった。興奮のあまりなかなか寝付かれなかった。

9月18日

朝、まぶしいくらいの青空が船室の窓を染めていた。あと数十分で八戸港へ着岸するらしい。デッキへ、すがすがしい空気を吸いに出ると、素晴しく晴れ上がった空が俺を迎えてくれた。

フェリーから降りる。とうとうオートバイで本州に上陸したんだ、という感激が襲ってきた。

朝9時半に八戸を出発してR45を再び南下していく。陸中海岸の美しいこときわまりない。道路はすいているし、天気はいいし、おまけに風も気持ちがいい。それにヘルメットの中からさわやかなミュージックが流れている。・・・

恐らく初めてバイクに乗った頃以来の感激だろう。

 30㎞ほど走って、途中の道路脇で食事、といっても出発する前に作ってもらった弁当(おにぎりとスパゲティ)を食べた。海を見ながら・・・誰もいない海を・・見ながら。
 そろそろ単車は久慈市にさしかかろうとしていた。

ふとバックミラーをのぞいてみると、さきほどからアメリカンバイクらしきものが一台後ろについてくるのが見える。すると、そのバイクは俺をかわして前に出たかとおもうと右手を水平に出して、俺のバイクを制したのだった。

何事かと思って左にRZをつけた。

会社のジャンパーにネクタイ、スラックス姿のその人は、バイクを降りてこちらに歩よって来た。

「あんら〜札幌から来たんかいー。」

「そうです。」

それからいろいろと世間話が始まった。親切に宮古へ行く道も教えてくれた。彼が本州に上陸して最初に会話をした人だった。

そのあとの目的地を宮古へとし、RZを走らせた。リアス式海岸の美しい海岸に出たかとおもえば山の中のワイディングロードへと・・・RZには走り応えのある道だった。宮古に着いたのはもう昼を少し越えたあたりだった。陸中海岸は本当に奇麗だった。シーズンオフでもあったせいか、どこもかしこもすいていた。オートバイでツーリングをしている人には今まで一人も会っていない。

仙台までまだ半分も来ていない。残念だがあまりゆっくりと見ていられない。すぐに走り出す。釜石を過ぎたあたりで夕食を道沿いのベンダーショップ(自販機が置いてある店。当時24時間営業のコンビニはなく、もっぱらツーリングではベンダーショップを利用していた。)でとった。すでに太陽は大きく西に傾いていた。

 気仙沼でガソリンを入れた。30才くらいの女の人がガソリンを入れてくれた。

「どこ行くの?」

「東京。」

「帰るの?」

「札幌から来たんだ。」

「今ごろ東京に行くなんて珍しいわね。旅行?」

「友達に会いに行くんだ・・・そうだ、仙台まで何時間位かかりますか?」

「そうね、2時間・・3時間くらいかかるわね。」

「仙台で一泊したいんだけど、そうなると11時か12時だけど・・・」

「松島あたりで一泊すればいいんじゃないの。あそこなら温泉町だから、いっぱいホテルがあるから。」

 そういった会話をしながらコーヒーを一杯御馳走になった。話をしているうちにその女の人はここのガソリンスタンドの店長という事がわかった。

気仙沼のガソリンスタンドをあとにして、俺はとりあえず松鳥(100㎞あまり)をめざしてアクセルを全開にした。

 昼間の素暗しい景色とは一変して、味気のないアスファルトに引かれた白い線と、前方に時々映ヘッドライトを注視するだけだった。気仙沼からおおよそ80㎞ほど南下したところに石巻という街がある。その数㎞手前でふと夕食をまだとっていないことに気がついた。それほど気にもせずにひたすら走ったのだろうか。国道の右脇の「旭川ラーメン」という看板が目に入った。ここまで来て旭川ラーメンとはと思ったが、気仙沼からほとんど休みなく来たせいもあって、ここらで一休みだと思って店の前にRZを止めた。

「ごめんください。」

「いらっしゃい。」

「・・・みそ・・」

ちょうど十時の時報が鳴っていた。

店内は何となく暗い雰囲気が漂っていた。作っている人も客に背中を向け、何やらラーメンの上の「もやし」をぶつぶつ言いながらつまんでみたり、取ってみたり、それでも一生懸命に作っている様子がうかがえた。

「お、お、おまちっ。」

指がスープに漬かっていた。一口食べてやはり、うまくはなかった。のびたカップヌードルの麺みたいだった。

それでも残さず食べ終え、俺は500円置いて出て行った。

国道の方からオートバイの音が近付いてきた。ふと見るとCBX1000だった。その他にもCB750FZや400CCのバイクが数台、このラーメン屋の前に集結した。

何かのきっかけで話し始めた。純粋の東北弁なのでほとんど理解できない。なかに標準語を少し話せる人がいたので、その人が通訳代わりになってもらった。相手は地元の人達らしい。仲間同志の会話は残念ながら一つも理解することができなかった。

 再び闇の中を疾走した。何時間走っただろうか。そろそろ疲れが見え始めた。松島に着いたのは、午後11時にはなっていたとおもう。いくら温泉町だとはいっても夜の11時にあいている旅館など一つも見つからない。一ケ所モーテルはあったが・・。

 野宿の覚悟はしてきたので寝袋は持ってきてある。とりあえず、寝床を探すのに一苦労した。まず初めに候補に上がったのは公園のベンチだった。そこには、夜露をしのぐのに十分な屋根があった。

しかし、公園の真ん中だったために朝早く起きないと一目につき、恥しい思いをする。少しばかりためらいもあったが、意を決してベンチに座って荷物を降ろしていると、何やら茂みの中から怪しげな物音が間こえてきた。

何者かと音のする方に視線を向けると、その異様な光景に自分の目を疑った。

それは紛れもなく人間の形をしていた。その男は手になにかを持って一人で草を蹴り、掛け声を上げ、手で気合いを入れていた。

「アチョー!ハッ、ハッ、アリャー!ソレッ!」小林寺の真似事でもしているのか?。

別段酒に酔っている気配もない。その男はだんだんとこちらに近付いて来るではないか。俺は薄気味悪くなり、下ろした荷物をまとめすぐその場を離れた。

 再度、一夜を駅かす場所を探す羽目になってしまった。30分ぐらいそのあたりをぐるぐると走っただろうか。もう疲れ果ててきてどこでもいいようになってきた。思い切って国道の横を走るサイクリングロードのトンネルの中にRZを入れた。

 時計はすでに12時を回っていた。RZの横に寝袋を敷いて服は着たままで身体をその中へ半分ばかり入れ、明日の走るコースを地図で確認していた。しかし、なんて淋しいところなんだろう。眼前に続く暗黒の世界の向こうには、薄暗いぼんやりとしたトンネルの先が見える。ちょうどその時だった。後ろに人の気配を感じたのは・・・。俺は一瞬背筋にぞっとするものを憶えた。恐る、恐る振り返ってみるとコートを着た一人の男が音もなくそこに立っていた。俺と目を合わせるとにやっと笑って話しかけてきた。

「これかい?」その男は腕を頭に付けて枕を作る格好をして見せた。

「そ、そうっす・・・。」

「ふう〜ん。おやすみ。」

そう言って男はトンネルを出口に向かって歩いて行った。コツコツと闇の中をその音だけを残して・・・

よく見ると男は酔っ払っていたらしく、あっちふらふら、こっちふらふらを繰り返していた。その後すぐに寝袋に入って寝た。

 明け方、まだ夜が開けて間もないころ、俺は一台の自転車の音で目が覚めた。(覚めたといってもぐっすりと眠れたわけでもない。虫が顔のあたりを散歩しているような気はするし、寝袋にくるまっている間に数人通り過ぎた様な気はするし、全く疲れはとれていない)その自転車は俺の前でブレーキをかけ、何やらつぶやいているのが聞こえた。

ちえっ。寝ているのか!」

俺は気がつかないふりをして小さくなっていた。自転車が通り過ぎた後、ぱっと飛び起きて荷物を片付け始めた。10分くらいしてさっきの自転車の男が現われた。

「おめざめかい?」

「はぁ・・・」

「おはよう!」